子どもは知っている。もう5歳になって。たった5歳で。
広島に生まれた宿命なのか、
私たちがテレビを捨てなかったからなのか、
きのこ雲のかたちも、知っている。
いちめんの焼け野原と焼け残った原爆ドームの映像も、もう何度も見ている。
画面に炎が映る。
テレビに映っている国がどこか、そこでは戦争をしているかどうか、しきりに訊く。
「ママ、これはどこのくに?」
「パレスチナとイスラエル」
「それはどこにあるの?」
「中東」
「ちゅうとうって?」
「ヨーロッパとアフリカの間。エジプトの近く。地図を見ておいで」
いまきみが地図で見てきた場所で、何百人も殺されているのだと、
言うのがつらい。
戦争になって、爆弾が落ちてきて、
いまのいま、きみのように小さな子どもも殺されているのだと、
言えない。
戦車がゆく。爆弾が落ちる。
家々が壊れる。炎があがる。
「これは、いま? むかし?」
「いま。いまのパレスチナ。ガザというところ」
そういいながら、思いだした。
妊娠がわかった日、病院のロビーのテレビで、アメリカがイラクに宣戦布告するのを、見たのだった。
ものすごく変な気分になった。
私が子どもを産もうというのに、その一方で、
わざわざ戦争をするという、子どもを殺すという。
ものすごく、愚弄されている気がした。
検診に行くと、次第に手足ができていく胎児の姿を見る。
同じ日に、空爆で手足をひきちぎられた子どもの映像を見る。
ものすごく理不尽な世界に宙づりにされていると思い知らされるようだった。
宙づりにされながら、取り返しつかなさ、に向って、背を押されていた。
きみを、この世に存在させる、ということ。
戦争は取り返しがつかない。
産むことも取り返しがつかない。
いのち、は取り返しがつかない。
私はほんとうに悲しいのだが、
せんそう、という言葉を、きみはもう知っている。
「げんばくがおちたときも、げんばくどーむは、びくともしなかったんだ」
と言う。きみの認識のあやまりを、どう正せばいいか。
かつて、きみのように小さな子どもだった、大人たちの、過ちを。